相続発生時に認知症の相続人がいた場合の遺産分割協議はどうなる?
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東京都の令和2年9月15日時点の65歳以上の高齢者の数は、311万1000人で、前年度と比べると1万5000人増加しています。東京都の総人口に占める65歳以上の高齢者の割合は、23.3%で、東京都でも高齢化が進んでいることがわかります。
高齢化が進むことで心配になるのが、認知症の問題です。相続手続きにおいても、相続人に認知症の方がいる場合には、特別な配慮が必要になってきます。
今回は、認知症の相続人がいた場合の遺産分割協議や対処法、遺言作成の必要性などについて、ベリーベスト法律事務所 新宿オフィスの弁護士が解説します。
1、認知症の相続人がいる場合の相続はどうなる?
被相続人が亡くなり、遺言書を残していなかった場合には、被相続人の遺産の分け方について相続人全員で話し合いを行う必要があります。これを遺産分割協議といいます。
現代の高齢化社会においては、相続人のなかに認知症の方がいるということも珍しくありません。重度の認知症の場合、自分の意見を述べることは困難であるため、その方を除いて遺産分割協議を成立させようと考えることもあるでしょう。しかし、認知症の方であっても相続人であることには変わりはありませんので、その方を除外して遺産分割協議を進めることはできません。認知症の相続人を除いて行った遺産分割協議は、無効となりますので注意が必要です。
また、遺産分割協議を有効に成立させるためには、相続人に自分の行為の結果を判断することができる精神能力(意思能力)が必要とされています。そのため、意思能力を欠く相続人が参加した遺産分割協議では、相続人全員による協議がなされたとはいえず、無効となってしまいます。
そのため、認知症の相続人がいる場合には、何らかの法律上の対処をする必要があります。
2、相続が発生した場合の対処法
相続人に認知症の方がいる場合には、どのような対処をすればよいのでしょうか。以下では、被相続人が亡くなり相続が発生した後の対処法について説明します。
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(1)法定相続分どおりに相続する方法
相続が発生した場合に、各相続人が受け取ることができる遺産の割合については、「法定相続分」として民法に定めがあります。
すべての遺産を法定相続分どおりに分けるのであれば、遺産分割協議は不要です。そのため、相続人に認知症の方がいる場合であっても、遺産を分けることが可能になります。
この場合、現金、預金については、法定相続分に従ってわけることになり、不動産についても法定相続分どおりの持ち分で共有することになります。 -
(2)成年後見制度を利用する方法
相続人に認知症の方がいる場合であっても、成年後見制度を利用することで、遺産分割協議をすることができます。
成年後見制度とは、認知症などの理由で判断能力が不十分な方に代わって、不動産や預貯金などの財産を管理したり、身のまわりの世話のために介護などのサービスや施設への入所に関する契約を結んだりすることを可能にする制度です。この制度を利用して後見人が選任されれば、後見人が認知症の相続人に代わって遺産分割協議に参加することができます。
3、認知症の相続人に成年後見人を立てる方法
認知症の相続人がいる場合に、後見制度を利用する方法があることを説明しました。
後見制度には、法定後見制度と任意後見制度の二種類があります。以下では、それぞれの制度の説明と後見制度を利用する方法などについて説明します。
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(1)法定後見制度の利用
①法定後見制度とは
法定後見制度とは、家庭裁判所によって選任された成年後見人など(成年後見人、保佐人、補助人)が、認知症で判断能力のない本人の利益を考えながら、本人を代理して法律行為をしたり、本人がした法律行為を取り消したりすることで、本人を保護する制度です。
法定後見制度は、本人の判断能力の程度によって、以下の3つの種類に分けられます。- 後見……判断能力が欠けているのが通常の方(例、重度の認知症)
- 保佐……判断能力が著しく不十分な方(例、中程度の認知症)
- 補助……判断能力が不十分な方(例、軽度の認知症)
②法定後見制度の利用方法
法定後見制度を利用するためには、本人の住所地を管轄する家庭裁判所に対し、後見人(保佐人、補助人)の選任の申し立てを行います。申し立てにあたって必要な書類などは以下のとおりです。ただ、申し立てをする裁判所によって必要となる書類も変わってきますので、事前に確認をしてから申し立てをするとよいでしょう。
●申し立てができる人
本人、配偶者、4親等内の親族、成年後見人など、任意後見人、任意後見受任者、成年後見監督人など、市区町村長、検察官
●申し立てに必要な書類- 後見・保佐・補助開始申立書
- 戸籍謄本、住民票、登記されていないことの証明書
- 本人の財産目録およびその資料
- 相続財産目録およびその資料(本人が相続人となっている遺産分割未了の相続財産がある場合のみ)
- 本人の収支予定表およびその資料
- 診断書
- 申立事情説明書
- 親族関係図
- 後見人等候補者事情説明書
- 親族の意見書
- 本人情報シートなど
●申し立てに必要な費用
申立手数料(収入印紙) 800円 登記手数料(収入印紙) 2600円 鑑定料 10万~20万円程度 連絡用の郵便切手 各裁判所により異なりますので、申し立てをする裁判所に確認
③法定後見制度利用の注意点
遺産分割協議をするために法定後見制度を利用したとしても、法定後見制度は判断能力のない本人を保護する制度ですので、遺産分割が完了した後も、法定後見が終了するということはありません。本人の死亡または後見等開始審判の取り消しがあるまで、法定後見人が本人の財産を管理していくことになります。
法定後見人は、家庭裁判所に対し年1回の定期報告が必要になりますし、法定後見人に対する報酬も発生しますので、それらが負担になる可能性もあります。
また、法定後見人を誰にするかについては、申立時に候補者を立てることができますが、必ずしも家庭裁判所が候補者を法定後見人に選任するとは限りません。
特に、遺産分割協議などの法律行為が予定されている場合には、親族ではなく弁護士や司法書士などの専門職後見人が選任されることもよくあります。そのため、親族以外の方が法定後見人になる可能性があるという点にも注意が必要です。 -
(2)任意後見制度の利用
①任意後見制度とは
任意後見制度とは、本人に十分な判断能力があるうちに、将来判断能力が不十分になった場合に備えて、あらかじめ自分で後見人を選び、財産管理などの代理権を与える契約をする制度のことです。将来、本人の判断能力が低下した場合には、任意後見人が本人に代わって法律行為をすることになります。
法定後見制度との違いは、本人が元気なうちに自分が信頼できる人物を任意後見人として選んでおくことができるという点です。また、あらかじめ財産管理の方法や将来の支援について決めておくことができるというのも任意後見制度だけに認められています。
②任意後見制度の利用方法
任意後見制度を利用するためには、任意後見受任者と任意後見契約の内容を決め、本人と任意後見受任者が任意後見契約を締結します。なお、契約は、公正証書でしなければなりません。
その後、本人の判断能力が低下したときに、本人の住所地を管轄する家庭裁判所に対し、任意後見監督人の選任の申し立てを行います。申し立てにあたって必要な書類などは以下のとおりです。ただ、こちらも、申し立てをする裁判所によって必要となる書類も変わってきますので、事前に確認をしてから申し立てをするとよいでしょう。
●申し立てをすることができる人
本人、配偶者、4親等内の親族、任意後見受任者
●申し立てに必要な書類- 任意後見監督人選任申立書
- 本人の戸籍個人事項証明書(戸籍抄本)、本人の住民票または戸籍の附票、本人が登記されていないことの証明書、登記事項証明書(任意後見)
- 任意後見受任者の住民票または戸籍の附票
- 本人の財産目録およびその資料(不動産の全部事項証明書、預金通帳のコピー等)
- 本人の収支状況報告書およびその資料(領収書のコピー等)
- 診断書(成年後見用)
- 申立事情説明書
- 親族関係図
- 任意後見人受任者事情説明書
- 任意後見契約公正証書のコピー
- 本人情報シートのコピー
●申し立てに必要な費用申立手数料(収入印紙) 800円 登記手数料(収入印紙) 1400円 鑑定料 10万~20万円程度 連絡用の郵便切手 各裁判所により異なりますので、申し立てをする裁判所に確認
③任意後見制度の注意点
任意後見制度を利用することによって、あらかじめ信頼できる方に任意後見人を依頼することができますので、法定後見制度のような誰が後見人になるかわからないという不安は解消することができます。
しかし、任意後見制度も法定後見制度と同様に、遺産分割が完了した後も、任意後見が終了するということはありません。本人が亡くなるまで、または家庭裁判所が任意後見人を解任するまで、任意後見人が本人の財産を管理していくことになりますので、それに伴う負担が生じることに注意が必要です。
4、成年後見人を立てずに相続を進める方法
これまで成年後見制度を利用して相続を進める方法について説明しました。次は、成年後見制度を利用せずに相続を進める方法について説明します。
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(1)遺言がある場合
被相続人が生前に遺言書を書いておくことで、認知症の方がいても相続手続きを進めることが可能になります。
遺言がある場合には、被相続人の遺産は遺言で指定された分配方法に従って分けられますので、相続人全員による遺産分割協議は不要になります。すでに親族に認知症の方がいて、その方が相続人になる可能性がある場合には、あらかじめ遺言書を残しておくことで、死後の相続人の負担を軽減することが可能です。
ただし、遺言書は、法律上の要件を満たした有効なものでなければなりません。遺言書の書き方に不安があるようであれば弁護士に相談をするとよいでしょう。 -
(2)遺言がない場合
遺言がない場合に、成年後見制度を利用しないとすると、遺産を法定相続分どおりに分けるしかありません。
被相続人の遺産が現金のみであれば法定相続分どおりにわければよいので特に問題となることはありません。
しかし、預貯金については、払戻手続きの際に、相続人全員の戸籍謄本と印鑑証明書などが必要になる場合がありますので、認知症の方の書類の取り寄せに苦労する場合があります。
また、遺産に不動産が含まれている場合には特に注意が必要です。
不動産が含まれていても法定相続分に従った持ち分での相続登記はできます。しかし、その不動産は、各相続人の共有となりますので、将来、不動産を売却したり、賃貸に出す場合に、認知症の方の同意が得られず、手続きが困難になることも考えられます。
5、まとめ
相続人に認知症の方がいる場合には、通常の相続手続きとは異なる特別の配慮が必要になります。被相続人の死後に対処をする場合には、後見制度の利用など煩雑な手続きを取らなければなりません。そのため、すでに認知症の方がいることがわかっているのであれば、生前に対策をすることが重要です。
生前の対策としては、遺言書の作成が有効な手段となります。将来争いにならないような遺言書を作成するためには、専門家のアドバイスを得ることが有効な手段です。遺言書の作成や相続に関してお悩みの際は、ベリーベスト法律事務所 新宿オフィスまでご相談ください。
- この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています