相続権には時効がある? 遺産分割協議の注意点も弁護士が解説

2021年10月25日
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相続権には時効がある? 遺産分割協議の注意点も弁護士が解説

遺産相続にまつわる権利(相続権)には、相続放棄や遺産分割請求権などさまざまなものがあります。どれも相続人のための権利ですが、中には時効が設けられているものもあるため、気をつけなければいけません。

時効とは、一定期間ある事実関係が続いた場合に、その事実関係に基づく法的な権利関係が存在すると扱われる制度のことをいいます。時効が成立すると、たとえば相続放棄を主張できなくなったり、本来受け取れたはずの遺産が別の方の所有物になったりすることがあります。

では、具体的にどのような相続権にどの程度の時効期間が設けられているのでしょうか。この記事で、ベリーベスト法律事務所 新宿オフィスの弁護士が解説しますので、相続手続きにおけるトラブルを回避するための参考としてください。

1、相続権に関係する主な時効5つ

相続権とひと言に言っても、さまざまなものがあります。中でも代表的なものは、相続放棄、遺産分割請求権、遺留分減殺請求権、相続税、相続回復請求権の5つです。では、それぞれどの程度の時効が設けられているのか、順にご紹介しましょう。

  1. (1)相続放棄の時効

    相続放棄とは、その名のとおり、遺産相続する権利を放棄することです。たとえば、亡くなった方の借金の引き継ぎを回避するために、よく用いられます。また、家族や親族との仲が芳しくなく、遺産相続の争いに巻き込まれたくない場合に利用されることもあります。

    相続放棄の時効(正確には熟慮期間といい、除斥期間の一種となります。)は、相続が開始した(亡くなった)のを知ったときから3か月です。この間に、家庭裁判所に相続放棄申述書などを提出し、手続きを済ませなければいけません。

    なお、相続放棄と似たような手続きに限定承認があります。限定承認は、プラスの財産分だけマイナスの財産分も引き継ぐというものです。

    たとえば、相続する財産に500万円分の資産と5000万円分の負債があったとしましょう。500万円分の資産の中には、家などの不動産があるのでどうしても資産は相続したい。ですが、そのまま相続すると5000万円の負債もついてきてしまいます。

    そこで、この場合に限定承認をすれば、500万円分の資産と、それを限度とした負債(すなわち500万円分)だけで済ませられます。

    限定承認は、このように債務超過が明らかである場合だけでなく、負債の額が不明な場合や、資産と負債どちらが多いか判断できない場合にも有効な手段です

    この限定承認も、相続放棄と同様、相続が開始したのを知った時から3か月と定められています。思わぬ借金を抱えることを防ぎたいのであれば、迅速に手続きする必要があります。

  2. (2)遺産分割請求権の時効

    遺産分割請求権とは、ほかの相続人に対して「遺産分割協議をしましょう」と持ちかけることができる権利です

    複数の相続人がいる中で、亡くなった方の遺言がない場合、相続人同士で遺産をどう分け合うのか決める必要があります。この話し合いを遺産分割協議と言い、協議の結果は遺留分割協議書を作成して保管することになります。

    遺産分割請求権には、その性質上、時効はありませんただし、後ほど詳しく説明しますが、分割しないままでいるとさまざまなトラブルに巻き込まれやすくなるので、早めに行うほうがいいでしょう

  3. (3)遺留分侵害額(減殺)請求権の時効

    遺留分侵害額(減殺)請求権とは、遺産の取り分が遺留分に満たないときに、その差額分を別の相続人に請求できる権利です

    遺留分とは、兄弟姉妹以外の法定相続人についてそれぞれ定められた最低限の取り分を言います。たとえば、亡くなった方の配偶者の遺留分は、法定相続分の1/2(すなわち全相続分の1/2)です。遺留分の計算の基礎となる遺産が1億円だった場合は、5000万円となります。

    もし遺言書で配偶者の分が5000万円を下回ることが記されている場合、配偶者はほかの相続人に対して、遺留分との差額に相当する金銭を請求することができます。この遺留分との差額を請求できる権利を遺留分減殺請求権(令和元年7月1日以降に発生した相続に関する請求の場合は、遺留分侵害額請求権)と言います。

    遺留分侵害額(減殺)請求権の時効は、相続が開始したことおよび遺留分が侵害されるような贈与や遺贈があったことを知った時から1年ですもし知らなかったとしても、相続開始から10年経過すると権利は消滅し、請求できなくなります

  4. (4)相続税の時効

    相続税とは、相続や遺贈によって引き継いだ財産にかかる税金です相続税の時効(正確には除斥期間といいます。)は、相続税の申告期限から5年と決められています

    ただし、これは相続税を納付する必要があるのを知らなかった場合(相続財産の存在を知りようがなかった等)です。納税する必要があると知っていながら納付しなかった、あるいは相続したことを隠していたなど悪質な行為が判明した場合、時効期間は7年に延長されます

  5. (5)相続回復請求権の時効

    相続回復請求権は、相続人ではない人(表見相続人や非相続人などといいます。)が遺産を受け取ってしまったときに、それによって相続できなかった方が、その遺産を引き渡すよう請求できる権利です。

    相続回復請求権の時効は、相続人ではない人が遺産を受け取った(相続権を侵害された)ことを知った時から5年、または相続が開始した時から20年と決められています

2、遺産分割協議(遺産分割請求権)の注意点

前章でご紹介したように、遺産分割請求権には時効がありません。しかし、だからと言って遺産分割協議を行わずにいると、さまざまなトラブルが発生する可能性が出てきます。実際にどのようなことが起きるのか、ここで見ていきましょう。

  1. (1)相続税が高額になる

    相続したときにかかる相続税は、相続の開始から10か月以内に申告しなければいけません。これは遺産分割協議を済ませていない場合でも同様です。したがって、遺産分割が済んでいないからといって申告期間内に相続税を申告していない場合、申告が遅れたとみなされます

    相続税の申告が遅れた場合、延滞税や無申告加算税が課されます。延滞税は納付期限の翌日から2か月を経過する日までは年7.3%もしくは特定基準割合+1%のどちらか低い割合、それ以降は年14.6%もしくは特定基準割合+7.3%のどちらか低い割合です。

    無申告加算税は、原則として50万円までは10~15%、50万円を超える部分は15~20%が、本来支払うべき税金に上乗せされます。いずれにしても、申告が遅れれば遅れるほど、高額の税金を納付しなければいけません

  2. (2)取得時効に関するトラブルが起こりやすくなる

    取得時効とは、所有の意思をもって平穏、かつ公然と他人の物を10年、もしくは20年占有し続けた場合に成立する時効です。所有の意思とは、物を占有するにあたってその物が自分の所有物であるという認識をもっている状態をいいます。

    たとえば、持ち家は所有の意思がある占有(自主占有)と判断されます。一方、借家は他者から借りているという前提があるので、所有の意思がない占有(他主占有)と判断されるのが一般的です。

    ひとりの相続人が、相続開始時に他の相続人がいないことを調べ、それでも自分ひとりしか相続人がいないと信じていたとしましょう。この状態で、遺産を保有する状態が10年続いた場合、取得時効が認められることがあります。

    相続財産について所有の意思が認められるためには、「自分ひとりが相続人である」と主張できる客観的な事情が必要ですから、複数の相続人がいて遺言書もないような場合、所有の意思を主張することは困難です。そのため、実は取得時効が成立していない、というケースも珍しくありません。

    しかし、自主占有の有無は、それを主張する側(遺産を現時点で保有している方)ではなく、自主占有ではないと否定する側(遺産の請求者)が立証しなければいけないとされています。そのため、お互いの意見が衝突し、大きなトラブルになりがちです。

3、相続権の時効を中断する方法とは?

時効(消滅時効)には、手続きによって中断や停止できる場合があります(改正民法では更新と完成猶予と呼ばれています)。では各相続権の時効は、中断できるのでしょうか。

  1. (1)時効を中断できるもの

    時効を中断できる権利は、遺留分侵害額(減殺)請求権と相続回復請求権のふたつです

    遺留分侵害額(減殺)請求権は、その権利の性質上、相手方に対して遺留分侵害額(減殺)請求をするという意思表示をした時点で、対象となる相続財産(の一定割合)が権利者に帰属すると考えられています。つまり、権利者は、時効完成前に遺留分侵害額(減殺)請求の意思表示をすれば、それ以降、消滅時効を気にする必要はありません

    そのため、遺留分が侵害されていることが発覚した場合は、速やかに請求書を内容証明郵便で送るのが一般的です。内容証明郵便は、郵便局が「誰が、いつ、どんな内容の郵便を送ったのか」を証明してくれるので、後になって請求した・されていないというトラブルを回避できます。

    相続回復請求権についても、時効を中断するためには、相手方に対して権利を行使する必要があります。遺留分減殺請求権と同様、時効を迎える前に請求書を内容証明郵便で送りましょう。

  2. (2)時効を中断できないもの

    一方、相続放棄と相続税に関しては、時効を中断できません。これらが消滅するのは時効が完成したからではなく、除斥期間と呼ばれる期間が過ぎたからです。除斥期間は時効と似たようなものですが、中断することができないという大きな違いがあります。

    ただし、相続放棄は家庭裁判所に延長許可の申し立てを行うことで、相続税は税務署に申告期限延長の手続きをすることで、その期間を伸ばしてもらえる可能性があります

4、相続権の時効が過ぎた場合の対処法は?

相続権が時効を迎えると、本来受け取れるはずの遺産が受け取れない、ほかの相続人と争う必要が出てくるなどの可能性が生じます。そのため、相続に関する手続きは、時効を迎える前に終えるのが理想です。

では、遺産分割協議が難航したり、そもそも時効に気付かなかったりしたことで、時効が過ぎてしまった場合はどうしたらいいのでしょうか

この場合、まず、時効の援用がされているかどうかを確認してください。時効の援用とは、時効が完成したことを相手方に伝える行為です。時効の援用をしなければ、時効の効力は確定的に発生しません

とはいえ、こうした判断は相続に関する正しい法的知識が必要です。場合によっては、裁判で争わなければならない可能性もあるでしょう。そのため、時効が過ぎてしまった(かもしれない)場合は、ひとりで悩まずに弁護士に相談することをおすすめします。弁護士に依頼すれば、事実関係を整理した上で、どのように対処するのがベストなのか助言をもらうことが可能です。

5、まとめ

遺産相続の手続きは、家族や親戚とお金に関するやり取りをするため、不意をつくような形でトラブルが起きることが珍しくありません。特に消滅時効や取得時効は、お互いの認識のズレが起きやすいので、より関係がこじれる可能性が高いものです。

本文でも紹介したように、できるかぎり穏便に済ませたいのであれば、弁護士への相談を検討してみてください。ベリーベスト法律事務所 新宿オフィスの弁護士でも、事情をお聞きした上で、まず何から始めたらいいのか、そのときどんな書類を用意したらいいのかなど細かくアドバイスできます。

  • この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています