副業をしている労働者。労災保険の支給ルールはどうなる?
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東京労働局が公表している死傷災害発生状況の統計資料によると、令和2年の新宿労働基準監督署管内における死傷災害発生件数は、978件でした。前年の死傷災害発生件数が870件でしたので、108件の増加となっています。
さて、働き方改革を背景として、さまざまなワークスタイルが確立されています。これまでは副業を禁止していた会社でも副業を認めるところも増えてきているようです。
日本政府も複数事業場で働く労働者の就労環境整備を行っており、令和2年9月1日から施行の改正労働者災害補償保険法によって副業をしている労働者への労災保険給付に関するルールが変更されることになりました。副業をしている労働者にとってはこれまでの法制度よりも有利な内容となっていますので、しっかりと押さえておくことが大切です。
今回は、副業をしている場合の労災保険の支給ルールについて、ベリーベスト法律事務所 新宿オフィスの弁護士が解説します。
1、給付金額の算定方法|副業先と本業の賃金
令和2年9月1日の労働者災害補償保険法によって副業をしている場合の給付基礎日額の算定方法が変更になりました。
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(1)給付基礎日額の算定方法が変更
労災保険から支払われるお金の多くは、「給付基礎日額」という金額を基準にして算定することになります。給付基礎日額とは、労働基準法で言うところの平均賃金に相当する額を言い、労災の発生日または疾病の診断が確定した日の直前3か月間の賃金総額をその期間の総日数で割った金額のことをいいます。
このように、労災保険の給付金は、普段、労働者が受け取っている賃金がベースになっていますので、賃金が多くなれば労災保険から給付される補償額も大きくなります。
これまでは、副業をしていたとしても給付基礎日額は労災が発生した会社の賃金額のみを対象にして計算をしていました。しかし、副業をして別途収入を得ていた労働者からすると、労災による怪我の治療のため本業だけでなく副業についても休まなければなりません。どちらか一方のみの賃金を基準とする補償だけでは十分な補償とはいえないという問題点がありました。
そこで、令和2年9月1日施行の労働災害補償保険法の改正によって、副業をしている場合には、労災が発生した就業先の賃金額だけでなく、すべての就業先の賃金額が給付基礎日額算定の対象になりました。
たとえば、A社(月給20万円)とB社(月給10万円)で働いている労働者がB社での業務中に怪我をした場合の給付基礎日額を考えてみましょう。
なお、給付基礎日額の計算は、「労災事故前3か月分の給与÷90日」とします。
● 従来の制度
これまでの法制度では、B社での賃金額のみが給付基礎日額算定の対象であり、A社での月給は算定対象ではありませんでした。そのため、給付基礎日額は以下のようになります。B社の給付基礎日額
10万円×3か月÷90日≒3334円
● 改正労災保険法(令和2年9月1日施行)
これに対して、改正労災保険法では、B社での業務中の怪我であっても、本業を含めるすべての就業先での賃金が給付基礎日額算定の対象になります。A社とB社の合算による給付基礎日額
(20万円+10万円)×3か月÷90日=1万円 -
(2)対象となる労働者とは?
改正労災保険法の対象となる労働者とは、被災した時点で事業主が同一ではない複数の事業所との間で労働契約関係にある労働者に限られます。すなわち、複数の会社に雇用されている労働者の方が対象になります。
副業することについて会社の許可を得ていないような場合でも対象になりますが、会社と雇用契約を締結せずに、自営業者として副業を行っている場合には、改正法の対象とはなりません。ただし、自営業者が労災保険に特別加入している場合には、例外的に対象に含まれます。 -
(3)対象となる労災保険給付とは?
改正労災保険法により労災保険給付の算定方法が変更されるのは、給付基礎日額によって保険給付額を算定する以下の給付になります。
- 休業(補償)給付
- 障害(補償)給付
- 遺族(補償)給付
- 葬祭料、葬祭給付
- 傷病(補償)年金
2、負荷の評価は総合的なものに
改正労災保険法によって副業をしている場合の業務上の負荷の判断方法が変更になりました。
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(1)複数業務要因災害も労災保険の対象に
業務災害のうち職業病(腰痛、頸肩腕障害など)、脳・心臓疾患(いわゆる過労死)、精神疾患などが業務に起因して発生したものであるかどうかを判断する際には、業務上の負荷が作用したものであるかどうかが基準になります。
これまでは、複数の会社で働いている場合であっても、それぞれの会社での負荷を個別に評価して労災認定をすることができるかを判断していました。しかし、この方法では、複数の会社で働いている場合の総労働時間やストレスなどを評価することができず、労災認定を受けることができないケースもありました。
そこで、改正労災保険法では、副業をしている場合には、複数の事業場における負荷を総合的に評価して労災認定を行うことになりました。このように複数の事業場での業務を要因とする労災のことを「複数業務要因災害」といいます。
なお、複数業務要因災害の対象となる労災は、脳・心臓疾患や精神障害などです。 -
(2)新設された労災保険給付
労災保険法の改正によって、新たに「複数業務要因災害」が新設されたことにより、以下の労災保険給付が新たに設けられることになりました。
- 複数事業労働者休業給付
- 複数事業労働者療養給付
- 複数事業労働者障害給付
- 複数事業労働者遺族給付
- 複数事業労働者葬祭給付
- 複数事業労働者傷病年金
- 複数事業労働者介護給付
3、副業先と本業、どちらの労災に該当する?
複数業務要因災害に該当する場合には、副業先と本業のどちらの労災に該当するのでしょうか。また、この場合の労災申請の手続きはどうなるのでしょうか。
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(1)複数業務要因災害についてはいずれかの労働基準監督署に提出
労災申請をする際には、通常の「業務災害」に関する保険給付と「複数業務要因災害」に関する保険給付の両者を同時に請求することができます。ただし、その場合であっても労災保険から支給される保険給付は、いずれか一方のみとなり、業務災害が認定される場合には、複数業務要因災害よりも業務災害の方が優先されることになります。
通常の業務災害の場合には、業務災害が発生した事業場を管轄する労働基準監督署に労災申請をすることになりますが、複数業務要因災害の場合には、各事業場を管轄する労働基準監督署のいずれかに申請すれば足りることになります。
複数業務要因災害であっても各事業場を管轄する労働基準監督署のすべてに申請しなければならないというわけではありません。 -
(2)労災申請の方法
労災保険給付の請求を行うのは、原則として労働者本人です。しかし、実際には、申請書の記入が困難である、事業主の証明が必要になるなどの理由から会社が労働者に代わって記入し、申請していることが多いです。
副業をしている方がご自身で労災申請をする場合には、以下の事項の記入が必要となります。会社で副業を把握していない場合には、ご自身で適切に記入を行わなければ複数事業労働者とはみなされず、労災保険からの給付額で不利な扱いを受けることになりますので注意が必要です。- 複数就業先の有無
- 複数就業先の事業場数
- 労働保険番号(特別加入)
- 特別加入の状況
また、複数の就業先で働いている場合には、複数の就業先での賃金額などを証明するために、就業先ごとに別紙を作成して事業主の証明を受ける必要があります。
なお、労災保険の申請は、以下のような流れになります。- ① 労働災害の発生
- ② 労災保険の請求書の作成(医師、事業主などの証明)
- ③ 請求書を労働基準監督署に提出
- ④ 労働基準監督の調査
- ⑤ 支給・不支給決定
- ⑥ 指定された振込先口座に保険給付の支払い
4、まとめ
労災保険法の改正によって、副業をしている方は、副業先の収入を含めて給付基礎日額を算定することができ、副業先の負荷も含めて労災認定を受けることができます。ただし、改正労災保険法が適用されるのは、令和2年9月1日以降に発生した傷病になります。令和2年8月31日以前に発生した傷病については、改正前の労災保険法に基づいて労災保険給付が行われることになりますので注意が必要です。
労災によって被害を受けた労働者の方は、労災保険から一定の補償を受けることができます。しかし、労災保険からの補償は、あくまでも労働者保護の観点から最低限の補償をするというものですので、被災労働者のすべての損害を補償するものではありません。労災によって後遺症が生じた場合には、本業だけでなく副業にも影響を及ぼすことになりますので、労災保険から支払われない慰謝料については、会社に対して請求をしていくことが必要になります。
会社に対する請求をするには、労災事故に関する知識と経験が不可欠になりますので、早めに弁護士に相談をすることをおすすめします。労災事故による慰謝料請求をお考えの方は、ベリーベスト法律事務所 新宿オフィスまでお気軽にご相談ください。
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