キセル乗車の具体例とは? 逮捕されうる不正乗車と科されうる罪
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新宿駅には、JRだけでも複数の路線が乗り入れており、横須賀線や高崎線など一部の列車にはグリーン車が設けられています。かつてはグリーン車へ不正乗車方が少なくなく、その対策のために、現在はグリーン券情報を入れた交通系ICカードをタッチすればランプの色が変わるため、一目でグリーン券を購入したかどうかがわかるようになりました。
本来、電車に乗るときは、切符や定期券を利用して乗車駅から降車駅まで移動します。しかし、正規の料金を支払うことなく、2枚の切符などを用意して一定区間の乗車賃を支払わない行為をキセル乗車と呼ばれます。キセル乗車は不正乗車の一種となり、当然犯罪ですし、場合によっては逮捕される可能性もあります。
本コラムでは、キセル乗車をはじめとした不正乗車となりうる具体的な行為から、科される可能性がある罪の概要についてベリーベスト法律事務所 新宿オフィスの弁護士が解説します。
1、不正乗車とは?
そもそも不正乗車とはどのような行為をいうのでしょうか。以下では、不正乗車についての基礎知識について説明します。
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(1)不正乗車とは何か
不正乗車とは、鉄道を利用する際に本来定められた乗車券などを所持せずに、運賃を不正に免れようとする行為のことをいいます。不正乗車をしたときの民事上の責任については、鉄道会社の旅客営業規則の規定によることになります。
たとえば、JR東日本の場合、旅客営業規則167条および168条によって、当該乗車券が無効になり、同264条および265条によって、乗車駅からの区間に対する運賃と、その2倍に相当する額の運賃とをあわせて収受するとされています。
すなわち、普通に乗車したときに必要となる運賃の3倍の運賃を支払わなければならなくなるのです。 -
(2)キセル乗車や折り返し乗車など不正乗車の類型
不正乗車にはさまざまな類型がありますが、代表的なものとしては、以下のものになります。
① キセル乗車
キセル乗車とは、区間の連続しない2枚以上の乗車券類を使用して、その間(乗車券を持っていない)の区間を乗車して、その間の運賃の支払いを免れる行為のことをいいます。つまり、乗車駅から降車駅までの連続した有効な切符や定期券を所持せずに鉄道を利用するという行為です。
② 経路外乗車
経路外乗車とは、乗車券に記載のない経路を利用して降車駅に向かうことをいい、経路外乗車をしたときには、不正乗車として乗車券が無効になることがあります。ただし、大都市近郊区間などの特例が設定されている区間に関しては、経路外乗車が認められている場合もあります。大都市近郊区間を利用することで、最安運賃で長距離の鉄道旅を楽しむ方もいるようです。
③ 折返乗車
折返乗車とは、乗車駅から目的地とは逆方向の駅に移動し、そこから目的地の降車駅に移動するという乗車方法のことをいいます。折り返し区間の運賃を支払っていなければ、不正乗車になります。
このような折返乗車は、通勤ラッシュを避けるために利用されることがあります。すなわち、ラッシュ時の混雑を避けるために、電車の始発駅まで折り返して移動して、座席を確保した状態で目的地の降車駅に移動するというものです。また、乗車駅では、快速列車などが止まらないため、快速列車の停車駅まで折り返して、目的地の降車駅に向かうことで移動時間を短縮するという手段でも折返乗車は利用されることがあります。
④ 自分の名義ではない乗車券の使用
記名式となっている定期券や自治体が発行している無料乗車券など、その記名された方以外の人物が使用した場合も、不正乗車となります。記名式定期券を使用して不正乗車した場合、購入済みの定期券はその場で没収され、さらに当該定期券を使用開始した日から不正乗車が発覚した日まで毎日一往復乗車したものとして計算した運賃と、その2倍の増運賃も請求されることとなるでしょう。
2、不正乗車はどのような犯罪が成立しうるのか
不正乗車は、鉄道会社に対する民事上の責任以外にも、以下のような犯罪が成立し刑事上の責任を問われる可能性があります。
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(1)鉄道営業法違反
不正乗車をしたときには、鉄道営業法29条に違反する可能性があります。鉄道営業法では、「鉄道係員ノ許諾ヲ受ケスシテ」以下の行為をしたときには、50円以下の罰金または科料に処せられると規定しています。
- ① 有効ノ乗車券ナクシテ乗車シタルトキ(同条1号)
- ② 乗車券ニ指示シタルモノヨリ優等ノ車ニ乗リタルトキ(同条2号)
- ③ 乗車券ニ指示シタル停車場ニ於テ下車セサルトキ(同条3号)
なお、50円以下の罰金という規定は非常に安いと感じるかもしれませんが、鉄道営業法が明治33年に制定されたため、当時の物価を前提としているためです。実際には、罰金等臨時措置法2条により、2万円の罰金となります。
鉄道営業法違反の罪については、同法30条の2により親告罪とされていますので、鉄道会社から被害の申告がない限り、鉄道営業法違反の罪で処罰されることはありません。 -
(2)建造物侵入罪
不正乗車をするために駅に立ち入った場合には、建造物侵入罪が成立する可能性があります(刑法130条)。不正乗車をする意図をもって駅に立ち入る行為は、鉄道会社が予定している立ち入り態様ではないため、違法な立ち入り行為であると判断されます。
建造物侵入罪の法定刑は、3年以下の懲役または10万円以下の罰金と規定されています。 -
(3)軽犯罪法違反
建造物侵入罪が成立するときには、あわせて軽犯罪法違反の罪に問われる可能性があります。軽犯罪法1条32号は「入ることを禁じた場所又は他人の田畑に正当な理由がなくて入つた者」に対して、拘留または科料に処すると規定しています。
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(4)電子計算機使用詐欺罪
昔は、駅の改札口に駅員が立って改札処理を行っていましたが、現在は、多くの駅において自動改札が採用され、切符も券売機での発行が主流です。そのため、不正乗車をするときには、駅員に対する欺罔行為ではなく、機械に対する不正行為をしていることになりますので、詐欺罪(刑法246条)ではなく電子計算機使用詐欺罪(刑法246条の2)が成立する可能性があります。
電子計算機使用詐欺罪の法定刑は、10年以下の懲役と規定されています。
なお、犯罪の成立には、原則として故意が必要になりますので、うっかり寝過ごして降車駅を通り過ぎてしまったなどの場合には、犯罪が成立する可能性は低いと考えていいでしょう。
3、不正乗車をすると、直ちに逮捕されるのか?
不正乗車は上記のような犯罪行為に該当する可能性があります。したがって、不正乗車をしてしまったという方は、その後の刑事手続きがどのように進むかについて不安を抱いているかもしれません。
以下では、刑事手続きに関する流れについて説明します。
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(1)逮捕とは何か
逮捕とは、罪を犯したと疑われる人の身体を強制的に拘束して、警察署内の留置施設に留め置くことをいいます。罪を犯した疑いがあり、その人が逃亡するおそれや証拠を隠滅するおそれがあるときに、身柄を拘束して、それらを防止するというものです。
逮捕には、現行犯逮捕、緊急逮捕、通常逮捕の3種類があります。不正乗車をしてしまった場合、現行犯逮捕か通常逮捕をされる可能性があります。
現行犯逮捕は、現に犯罪をしている人や、犯罪を行い終わったばかりの人を逮捕令状なく逮捕する手続きです。他方、通常逮捕は、あらかじめ裁判官が発布した逮捕状を得たうえで、犯行から時間が経った後に犯人を逮捕する手続きです。 -
(2)不正乗車によって逮捕される可能性
不正乗車が発覚したとしても、逮捕される可能性はそこまで高くないと考えられます。
不正乗車が鉄道会社に発覚した場合、鉄道会社は不正乗車をした人に対して、旅客営業規則に基づく運賃の支払いを求めます。鉄道会社としても不正乗車による損害が回復したのであれば、それ以上の処罰を求めない傾向がありますので、不正乗車をした本人が素直に認め、支払いに応じている限りは、刑事事件として取り上げられる可能性は低いでしょう。
ただし、不正乗車が発覚して、その場から逃亡した、もしくは所持していた切符など不正乗車の証拠を処分してしまったというケースでは、警察に通報され、現行犯逮捕される可能性があります。また、何度も不正乗車を繰り返しており、鉄道会社からもマークされているような場合は、悪質性が高いことから、逮捕に至ることもあります。 -
(3)不正乗車の刑事事件の流れ
不正乗車で逮捕されたときには、警察署に身柄を拘束されることになります。警察での身柄拘束は、最大48時間です。警察署において釈放手続きがとられないときには、警察官が検察官に身柄と事件を送致します。検察官が送致から24時間以内に裁判所に勾留請求を行い、裁判所が勾留決定すれば、さらに最大20日間の身柄拘束が続くことになります。その後、検察官が事件を起訴するかどうかを判断することになります。
逮捕されてもその後釈放されれば、在宅で捜査が進められ、必要な捜査が終了した時点で、検察官が事件を起訴するかどうかを判断します。
4、不正乗車をしてしまったら、弁護士へ相談
不正乗車は、対応次第では逮捕や刑事手続きにならずに終了する可能性があります。とはいえ、不正乗車をしてしまった方は、鉄道会社の職員から声を掛けられたら気が動転してその場から逃げ出してしまうかもしれません。しかし、逃亡する際に駅員を突き飛ばして怪我をさせてしまうと、傷害罪などのより重い犯罪が成立する可能性があります。また、逃亡したことで、逃亡のおそれと証拠隠滅のおそれがあると判断され、逮捕されてしまう可能性もあるでしょう。
故意に不正乗車をしてしまったというケースでは、自らの過ちをしっかりと認めて、鉄道会社に謝罪をし、所定の運賃を支払う対応が必要になります。鉄道会社と和解をする際には、鉄道会社との協議が必要になりますので、ご自身での対応が不安であれば弁護士に相談をするとよいでしょう。
5、まとめ
キセル乗車や定期券の貸し借り、折り返し乗車などをはじめとした不正乗車は犯罪です。不正乗車を行うと、運賃の3倍の支払いを求められるなど、民事上の責任を問われます。さらに、場合によっては逮捕され、身柄を拘束される可能性もあります。不正乗車をするための切符を用意したなどの手伝いをした場合においても、罪に問われうるケースがあるのです。
重すぎる罪に問われないようにするためには、早急に弁護士に相談することをおすすめします。不正乗車が発覚し、警察から連絡が来ておりお悩みであれば、ベリーベスト法律事務所 新宿オフィスまでご相談ください。
- この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています