「疑わしきは被告人の利益に」の意味とは? 刑事裁判のルール
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裁判所が公表している司法統計によると、令和3年に東京地方裁判所に起訴された事件の件数は、6094件でした。そのうち、有罪判決が言い渡された件数は、5963件だったので、起訴された事件のほとんどが有罪となっていることがわかります。
刑事事件では、「疑わしきは被告人の利益に」という言葉があります。これは、刑事事件における大原則であり、不確かなことで処罰されることがないようにするためのルールです。
日本の刑事司法では、起訴されればほとんど有罪になるため、簡単に有罪になると誤解されがちですが、実は有罪の判決を言い渡すためには非常に厳格なルールが存在しています。日本の刑事司法における有罪率が高いのは、検察官が有罪になる可能性の高い事件のみを起訴しているからに過ぎません。
今回は、「疑わしきは被告人の利益に」の意味と刑事裁判のルールについて、ベリーベスト法律事務所 新宿オフィスの弁護士が解説します。
1、「疑わしきは被告人の利益に」とは
「疑わしきは被告人の利益に」とは、どのような原則なのでしょうか。
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(1)「疑わしきは被告人の利益に」とは
「疑わしきは被告人の利益に」とは、検察官が被告人の犯罪を証明することができなかった場合には、裁判官は、被告人を有罪とすることができないという原則です。
罪を犯していないにもかかわらず、有罪判決を受けてしまうと、その人の自由や権利は不当に侵害され、人生を狂わされてしまうなどの深刻な結果が生じてしまいます。このような事態を回避するために、犯罪事実が法廷に提出された証拠だけでは、あったともなかったとも確信できないときは、被告人に有利な方向で判断しなければなりません。 -
(2)「無罪推定の原則」とは
「無罪推定の原則」とは、犯罪をしたと疑われている人(被疑者)や刑事裁判を受けることになった人(被告人)について、刑事裁判によって有罪が確定するまでの間は、罪を犯していない人として扱わなければならないという原則です。
この無罪推定の原則は、日本の刑事司法の大原則ですが、日本だけではなく世界の刑事裁判制度に共通する原則です。
2、刑事裁判での立証責任
刑事裁判での立証責任とは、どのようなものなのでしょうか。
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(1)刑事裁判における立証責任とは
刑事裁判では、一部の例外的な場合を除いて、犯罪の立証は検察官が行わなければなりません。このことを検察官に立証責任があるといいます。
「疑わしきは被告人の利益に」「無罪推定の原則」という言葉があるように、被告人は、起訴されたとしても有罪が確定するまでは、罪を犯していないものとして扱われることになります。そのため、検察官によって犯罪の立証ができなかった場合は、被告人は無罪とされます。 -
(2)被告人の側で積極的な無罪の立証は不要
刑事裁判における立証責任が検察官にあるということは、被告人側では積極的に真実を証明することまでは要求されていないということを意味します。すなわち、被告人側では、検察官の立証に対して、「証明が疑わしい」、「真偽が不明である」ということを反証すれば足り、検察官が証明していないことまで先回りして証明することは不要です。
刑事裁判は、白黒はっきりつけるための手続きであると考える方も少なくありませんが、実際には、グレーなものを有罪にしてはならないという考えに基づいて運用されています。そのための制度が「立証責任」なのです。
もし、被告人側に立証責任があったとすると、無罪を立証することができなかっただけで有罪とされてしまうおそれがあります。強大な捜査能力がある検察側とは異なり、被告人側では証拠収集に限界がありますので、情報収集能力が足りなかったために有罪とされてしまうかもしれません。このような事態を回避するために、検察官に立証責任が課されているのです。
3、合理的な疑いとは
刑事裁判では、合理的な疑いを超える証明が必要とされています。ここでいう「合理的な疑い」とはどのようなものなのでしょうか。
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(1)刑事裁判における証明の程度
刑事裁判では、検察官に立証責任がありますので、検察官において被告人が有罪であることを証明していかなければなりません。そこで求められる証明の程度は、合理的な疑いを超える程度の証明が必要とされています。
合理的な疑いを超える程度の証明とは、常識に従って判断した結果、罪を犯したことが間違いないと考えられる場合に、はじめて有罪となる証明です。100%有罪であることまで証明することは要求されませんが、有罪とすることについて疑問の余地がある場合には、無罪としなければなりません。 -
(2)有罪の認定にあたっては厳格な証明が必要
厳格な証明とは、刑事訴訟法の規定によって証拠能力が認められた証拠であり、かつ適式な証拠調べを経た証拠による証明のことをいいます。刑事裁判では、単なる情状や訴訟手続き上の事実については自由な証明で足りるとされていますが、犯罪事実の認定をする場合には、厳格な証明が要求されます。
そのため、民事裁判で被告人に対して損害賠償を求める訴訟を提起して、勝訴することができたとしても、刑事裁判で被告人が有罪になるとは限りません。刑事裁判では、証拠能力に厳しい制限が課されていますので、民事裁判で使うことができた証拠であっても、刑事裁判で利用することができないということがあるからです。
4、刑事裁判では、適切な対応が必要
刑事裁判で有罪判決が言い渡された場合には、被告人のその後の人生に大きな影響を与えることになります。刑事裁判による影響を少しでも軽減するためには、刑事裁判に詳しい弁護士のサポートが不可欠となります。
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(1)身柄拘束からの早期解放をサポート
犯罪の嫌疑をかけられて、被疑者として逮捕された場合には、最大72時間の身柄拘束を受けることになります。その後、検察官から勾留請求が行われ、裁判官が勾留を認めた場合には、勾留延長を含めて最大で20日間もの身柄拘束を受けることになります。
このような長期間の身柄拘束を受けてしまうと、会社を無断欠勤することになってしまいますので、場合によっては、解雇などの不利益な処分を受ける可能性もあります。解雇されて生活基盤を失ってしまうと、たとえその後釈放されたとしても、その影響は甚大であり、通常の社会生活を送ることが困難になってしまうおそれもあります。
このようなリスクを軽減するためにも、身柄拘束を受けた場合には早めに弁護士にご相談ください。早期に弁護活動に着手することができれば、勾留される前に、身柄拘束から解放できる可能性もあります。身柄拘束の長期化を避けるためには、勾留請求がされるまでの72時間が勝負とされていますので、早めの相談が重要です。 -
(2)被害者との間の示談のサポート
被害者のいる犯罪については、被害者との間で示談を成立させることがその後の処分との関係では非常に重要となります。起訴前に被害者との間で示談を成立させることができれば、不起訴処分を獲得することができる可能性があります。不起訴処分となれば前科が付くこともありませんので、私生活への影響も最小限に抑えることができます。
また、起訴されてしまったとしても、被害者との間で示談が成立している場合には、有利な情状として考慮されます。そのため、有罪判決が言い渡されることになったとしても、執行猶予の可能性が高くなります。
このように被害者との間の示談は、刑事事件においては非常に重要な意味合いを有することになりますが、加害者個人では被害者との間で示談を進めることが難しいことが多いです。被害者としては、加害者に対して、恐怖や恨みなどの負の感情を有していますので、加害者の側から接触を試みようとしても避けられてしまうでしょう。
このような場合には、弁護士が窓口となって相手と交渉をすることによって、示談を成立させることができる可能性が高くなります。 -
(3)逮捕後面会できるのは弁護士だけ
警察に逮捕されてしまうと、勾留決定が出るまでの間は、弁護士以外の人はたとえ被疑者の家族であっても面会をすることができません。法的な知識がない状態で、捜査機関の取り調べを受けることになると、被疑者にとって不利な内容の調書が作成されてしまうおそれがあります。いったん不利な調書が作成されてしまうと、裁判でそれを覆すのは極めて困難です。
弁護士であれば、逮捕後すぐに面会をすることができますので、法的なアドバイスや精神的なサポートによって不利な内容の調書が作成される事態を回避することができます。
5、まとめ
「疑わしきは被告人の利益に」とは、冤罪を防止するために認められている刑事裁判の基本的かつ重要なルールです。疑わしいという理由だけでは犯人にされることはありませんが、事件を起訴した検察官としては、強大な捜査権力を用いて有罪の立証を行ってきますので、被告人の側でもしっかりと争っていくことが大切です。そのためには、刑事事件に詳しい弁護士のサポートが不可欠となります。
ご自身やご家族が犯罪の嫌疑をかけられているという場合には、早めにベリーベスト法律事務所 新宿オフィスまでご相談ください。
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