保護責任者遺棄罪と置き去りの関係性は? 移置との違い

2023年03月28日
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保護責任者遺棄罪と置き去りの関係性は? 移置との違い

保育施設などの通園バスに子どもを置き去りにして死亡させてしまう事件が全国で多発しています。新宿区には、令和4年10月の段階で認可保育園が区立12施設・私立52施設、認定こども園が区立10施設・私立8施設ほど設置されており、他人ごとではないと感じている方も多いでしょう。

子どもの置き去り事件が多発し保育施設側の法的な責任が注目されるなかで、インターネットなどでは「業務上過失致死ではなく『保護責任者遺棄致死』にあたるのではないか?」という指摘が散見されました。

それでは、保護責任者遺棄罪とはどのような犯罪なのでしょうか? 本罪と置き去り行為の関係性などをベリーベスト法律事務所 新宿オフィスの弁護士が解説します。

1、保護責任者遺棄罪とは?

保護責任者遺棄罪は、刑法第218条に定められている犯罪です。
一体どのような犯罪なのでしょうか?

  1. (1)保護責任者にあたる立場の人

    本罪で処罰の対象となるのは「保護責任者」にあたる立場の人です。
    刑法218条の条文によると「老年者、幼年者、身体障害者又は病者」と規定があり、これらにあたる人が要保護者とされます。そして、要保護者について保護義務を負うのが保護責任者です。

    刑法において、どのような立場にある人が保護責任者にあたるのかは明記されていません。
    主に法律や契約に基づく関係において保護義務が生じると考えられており、親権をもつ親、契約を結んで高齢者を介護する介護士などが典型的です。

    また、法律や契約による縛りがなくても、飲酒会合で酔いつぶれてしまった人と同席していた同僚、道端で倒れている見ず知らずの人をいったんは介抱した通行人などにも、慣例や道理から保護義務が生じることがあります

  2. (2)処罰の対象となるのは「遺棄」と「不保護」

    保護責任者遺棄罪が処罰の対象とするのは、保護責任者が要保護者を「遺棄」した場合、またはその生存に必要な保護をしなかった「不保護」の場合です。
    いずれも故意、つまりわざと遺棄・不保護をはたらいた場合に罪となるため、保護責任者が要保護者の生命維持に危険が生じることを認識していなければ本罪は成立しません。

    もっとも、本罪における故意の判断基準には争いが多く、単に「危険な状態になるとは思っていなかった」と主張するだけでは故意が認められてしまう可能性があります

  3. (3)保護責任者遺棄罪の刑罰

    保護責任者遺棄罪には、3か月以上5年以下の懲役が定められています。
    罰金の規定はないので、有罪判決を受けると必ず懲役が科せられる重罪です。

    なお、遺棄・不保護の結果、要保護者を死傷させてしまうと刑法第219条の保護責任者遺棄致死傷罪に問われます。
    保護責任者遺棄致死傷罪の刑罰は「傷害の罪と比較して重い刑により処断する」とされており、傷害罪・傷害致死罪の上限と下限と比べて重いほうの刑罰が適用されます。

    傷害罪の刑罰は15年以下の懲役、傷害致死罪の刑罰は3年以上の有期懲役です。これらを保護責任者遺棄罪の刑罰と比較すると、次のようになります。

    • 要保護者を負傷させた場合……保護責任者遺棄致傷罪で3か月以上15年以下の懲役が科せられる
    • 要保護者を死亡させた場合……保護責任者遺棄致死罪で3年以上の有期懲役


    また、要保護者を故意に死亡させる目的で遺棄した場合は刑法第199条の殺人罪に問われます。
    殺人罪の刑罰は死刑または無期もしくは5年以上の懲役です。

2、遺棄の種類「移置」と「置き去り」

保護責任者遺棄罪における「遺棄」には、さらに「移置」と「置き去り」という2つの種類があります。

  1. (1)移置とは

    移置とは、相手を今の場所・環境から別のところへ移転させるという意味です
    本罪における移置は、現在の場所・環境から、生命や健康に危険が及ぶ場所・環境へと移す行為を指すと解釈されています。

    たとえば、保護責任者である親が幼い子どもを山中に連れていき捨てるといった行為が想定されるでしょう。

    老年、幼年、身体障害又は疾病のために扶助を必要とする者を遺棄した場合に適用される「遺棄罪(単純遺棄罪)」(刑法217条)における遺棄は、移置に限定されると考えられています。

  2. (2)置き去りとは

    置き去りとは、現在の危険な場所・環境にある要保護者をそのままにして、生命や健康を保護するために必要な行為をしないことを意味します。
    保護責任者遺棄罪における遺棄は、移置よりも置き去りにあたるケースが多数です。

    たとえば、自給能力のない子どもに食事や水を与えず長期間にわたって放置する、高温になる車の中に乳幼児を放置する、酒に酔って道路で寝込んでしまった同僚をその場に置き去りにするといった行為が考えられるでしょう。

    このように、保護責任者遺棄罪においては、積極的な移置だけでなく、置き去りも遺棄に含まれます

3、保護責任者遺棄罪に問われた実際の事例

実際に保護責任者遺棄罪に問われた事例を挙げていきましょう。

  1. (1)自宅で出産し医療措置を受けさせなかった事例

    妊娠が発覚したが生活苦から健康保険料を滞納していたため医療機関を受診せず、自宅で出産したものの必要な医療措置を受けさせなかったため乳児を死亡させてしまい、保護責任者遺棄致死罪に問われた事例です。

    乳児は約1500グラムという低体重で出生しており医療措置を必要とする容体でしたが、医療措置を受けさせないだけでなく、乳児を残して仕事や買い物のために外出していました。
    生後5日後に乳児は急性肺炎で死亡、母親自ら救急隊に通報したことで事件が発覚し、母親は逮捕・起訴されます。

    検察官は「医療措置が必要であることを認識していた」と主張し、母親は「育児用品を購入するなど育児の意思があった、乳児がまだ元気だと思っていたので医療措置が必要だと感じていなかった」と主張しました。
    東京地裁は、有罪は免れないとしつつ、乳児の生命をまったくないがしろにしたとまでは評価できないとし、執行猶予付きの判決を言い渡しました。

  2. (2)乳幼児を自宅に残してパチンコ店に出かけていた事例

    パチンコをするために生後4か月と2歳の幼い子どもを約13時間半にわたって自宅に放置し、保護責任者遺棄罪に問われた事例です。
    母親は未成年ですでに家庭裁判所の少年審判で保護処分が決定していたので、父親だけが刑事裁判で罪を問われるかたちになりました。

    生後4か月の乳児は搬送先の病院で死亡しましたが、捜査の段階では遺棄行為と乳児の死亡の関係が認められなかったため、保護責任者遺棄致死罪ではなく保護責任者遺棄罪での起訴になったという経緯があります。

    当時、自宅の居間にはスマートフォンから遠隔操作できる、いわゆる「見守りカメラ」を設置していたり、乳児の口元に哺乳瓶を置いたりしていましたが、いずれも保護責任者が負う保護義務を満たす措置とはいえないと判断されました。

    裁判官は、たとえカメラを設置して子どもの状態を確認できていても、自宅を離れているので保護できない状態に変わりはないと厳しく指摘しています。

    父親には、懲役1年6か月、執行猶予3年の判決が言い渡されました。

4、保護責任者遺棄罪の容疑で逮捕されたあとの流れ

保護責任者遺棄罪は、保護が必要な高齢者や子どもの生命や健康に危険を生じさせる重罪です。
しかも警察に発覚する際は要保護者の生命が失われたなどの重大な結果を伴うケースが多く、逮捕の可能性は非常に高いでしょう。

警察に逮捕されると、その後はどうなるのでしょうか?

  1. (1)逮捕による72時間以内の身柄拘束

    警察に逮捕されると、逮捕状が執行された瞬間から身柄拘束を受けて、自由な行動が大幅に制限されます
    警察署内の留置場に身柄を置かれ、厳しい取り調べが続くので、気が休まる時はありません。

    警察における身柄拘束の時間は最大48時間です。
    逮捕から48時間が経過するまでに、容疑者の身柄は検察官へと引き継がれます。
    これが、ニュースなどでは送検とも呼ばれている送致という手続きです。

    送致を受理した検察官は、自らも取り調べをおこなったうえで、送致から24時間以内に勾留請求するか、被疑者の釈放をしなければなりません。

    ここまでが「逮捕」の効力による身柄拘束の期間です。

  2. (2)勾留による20日間以内の身柄拘束

    送致を受理した検察官は、逮捕から間もない段階で詳しい捜査が未了の状態では、起訴することが適切なのかを判断するのは困難です。
    そこで、被疑者の身柄拘束を継続してさらに捜査を進めるために、裁判官に「勾留」請求します。

    裁判官が勾留請求を許可すると勾留による身柄拘束が開始されます。
    勾留の期間は10日間ですが、一度目の期限までに捜査が終了していない場合は一度に限り10日以内の延長が認められます。
    つまり、勾留の期間は最長で20日間です。

    勾留が決定すると、引き続き警察署の留置場に収容されて厳しい取り調べが続くので、精神的に激しく疲弊する日々となるでしょう。

  3. (3)検察官が起訴すれば刑事裁判が開かれる

    勾留が満期を迎える日までに、検察官が起訴・不起訴を決定します。
    起訴されれば刑事裁判が開かれますが、不起訴になれば刑事裁判は開かれず釈放されます。

    刑事裁判では、被告人に保護責任者遺棄罪にあたる行為が存在したのかを中心に証拠が審査されます。実際に保護責任者遺棄罪の要件を満たす場合は、たとえ事情があったとしても無罪とはなり得ません。

    わが国の刑事制度では、検察官が事前に「有罪判決を得られる可能性が高いのか?」を精査したうえで起訴・不起訴を判断しています。
    検察官が起訴に踏み切る事件は、つまり「ほぼ確実に有罪判決が下される」と考えるべきです。

    すると、刑罰を回避するためには、刑事裁判で無罪を主張するよりも検察官から不起訴を得ることに力を注ぐほうが現実的だといえます。
    とはいえ、身柄拘束を受けている身では不起訴を得るための活動も許されないので、弁護士のサポートに頼るほかないでしょう。

5、まとめ

幼い子どもの置き去り事件ばかりが注目されがちですが、介護を要する高齢者、酔っぱらって介抱を必要とする同僚などの保護を怠っても保護責任者遺棄罪に問われる可能性があります。
保護責任者遺棄罪は有罪判決を受ければ必ず懲役が言い渡される重罪なので、厳しい刑罰を避けるためには弁護士のサポートが必須です。

すでに警察から事情を尋ねられている、あるいは保護責任者遺棄罪にあたる行為をしてしまって警察からの連絡があるのではないかと不安を感じているなら、直ちに弁護士に相談しましょう。

刑事事件の経験が豊富なベリーベスト法律事務所 新宿オフィスの弁護士にご相談ください。

  • この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています